ロジーナの家族

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ガビラとカテリーナは異父姉妹であり、21歳の年齢差があり、似たところがほとんどありません。

ガビラは直情的で、情熱的なアーティストです。身体的にも気質的も、有名な画家である父親に似ています。

カテリーナは全く絵が描けません。カタリーナも父親似で、思慮深く、堅実な性格です。

二人の娘たちは彼女の母、ロジーナをとても愛しています。

母の仕事があらゆるところで認められることを夢見て、そのようになるように一緒に働き始めました。

ビジネスパートナーたちと緊密に協力し、パートナーたちが成功を収めることができるように、

あらゆる支援を行っています。

カテリーナ・ビザーリー

          私はカテリーナ、妹の方です。私の父、ペッペは黒髪のハンサムな青年でした。私の母がカペーナの小さな中世都市で住宅探しをしている時に私の父に出会ったのです。一目惚れでした。私は数年後にローマで生まれました。正確に言えば、1981年です。

1980年代の前半、私の両親はまさに型破りな生き方をしていました。私の姉は私が生まれる数カ月前に、バッティスタという赤ちゃんを産んでいました。厳密に言えば、彼は私の甥になると思うのですが、私たちは一緒に育ったので、むしろ兄弟と言ってもいいと思います。

 

私はイタリア人の祖母、ノナ・ララにいつもぴったり寄り添っていました。彼女は同じ町に住んでいて、周囲の事情に関係なく、私が伝統的なイタリアのしつけを受けるようにしてくれました。祖母は私の母とともに私を、現在の私という女性に育て上げてくれました。

学校時代、私は最も簡単な美術の宿題でよくパニックに陥ったものでした。芸術家一家であった私の家族たちは、そんな私を理解できませんでしたし、どうしたらよいかもわかりませんでした。さらに困惑することには、私には数学の才能があることが分かってきたのです。

私はアーティストと夢想家の家族の中で、現実的でとても堅実な少女でした。私はいつも異質な存在だったのです。

20代前半で、私は生涯の恋人、サルヴァトーレ と出会いました。私の父と同様に、彼は情熱に溢れたハンサムなイタリアの青年でした。私は彼に付いて故郷を離れ、一緒に家庭を作ることにしました。

この11年間で、私たちはたくさん旅をし、異なった3カ国で暮らし、8度引っ越しました。この期間中に、私はマリオ、ルナ、レオナルド、アレッサンドロの4人の子どもたちを出産し育てています。

 

今、私たちは美しくとても気楽に過ごせるアムステルダムに住んでいます。ここをとても愛しています。

ガビラ・ムスメッチ

私はガビラ、姉の方です。

私の父、パオロ・リッソーネは画家でした。16歳の時、イタリア南部のレッジョカラブリアから、ブラジルまで行く初めての大きな船旅をしました。数年後、ロジーナはパオロと出会い恋に落ちました。

1967年に、私たち3人全員がイタリアのローマに戻り、そこで両親は小さなクラフトショップを開店し、またポータブルシアターを建てました(そこの音響係が私の仕事でした)。両親は夜になると、アーティストやジャグラー、似顔絵画家で溢れる野外ギャラリー、ナヴォーナ広場で自らが描いた絵を売ったものでした。

私は少額のお小遣いを得るために自分でも絵を描きはじめ、初めて自分の絵を売りました!

私はローマのサンタ・チェチーリア国立アカデミアで音楽を学んでいましたが、絵画とグラフィックデザインを制作し続けていました。そしてこれらは、今や私の主な仕事になっています。

今や私たちの仕事は拡大を続けています。私の妹も私たちの仕事に加わってくれました。15年間のビジネスパートナーであるマイケル・ベッカーは、新たな『Rosina’s Finest』のブランドを担当しています。私たちは新旧のパートナーと共に協力して、今までと同じ方法で私たちの仕事に取り組んでいます。

私の息子、ジョヴァンニ・バッティスタ(『バッティスタ』)は、私の妹と同じ年で、カペーナのワークショップであらゆる大きさや形の彫刻をつくるために、ロジーナと一緒に仕事に取り組んでいます。

私たちは今、ローマ北部の古代村落であるカペーナに住み、美しい田園風景を楽しんでいます。